鏡開きっていつ?大阪の場合は1月11日じゃないの?!

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年末年始休みに、高校の同級生たちとの集まりが
5年ぶりにありました。

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友人たちは、仕事や結婚などで、生まれ育った
故郷から離れて暮らしている人も。

思いで話しや近況報告など、久しぶりの面々に
会話にも花が咲きました。

そんな話の中で、友人の一人が大阪に嫁ぎ2年、
ここ、関東とは様々な風習の違いに戸惑うことが
多い、と言っています。

例えば、うどんの出汁が違う、香典袋の水引
色が違う、など結構あるものですね。

「そういえば、鏡開きもフライングしちゃって。

嫁いだ年の1月11日の朝、お雑煮にしたんだけど、
夫に、今日じゃないよ!って、言われて。

大阪の鏡開きは1月15日なんだよ。」

知らなかった!

全国共通で、1月11日だとばかり思っていたけど
違うんですね。

大阪では鏡開きは1月11日じゃない?!
その理由を詳しく調べてみましたよ♪

松の内が過ぎたら鏡開き!

鏡餅は、新しい年を運んでくる歳神様への
お供え物です。

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お正月(松の内)の間、歳神様をお迎えして、
宿り場にするものが、鏡餅とされていますよ。

歳神様が鏡餅に居るのも、松の内の間だけ。

松の内が過ぎ、歳神様が去った後の鏡餅には
特別な力が宿っていると言われています。

無病息災を願い、鏡餅を割って食べることで
ご利益を得ようと、鏡開きをするのです。

松の内の終わりが、お正月の終わり。
このタイミングで、鏡開きをします。

松の内はいつまで?

一般的には、松の内は元旦から7日まで、と
されています。

そのため、鏡開きは松の内が終わった1月11日
行うもの、としています。

しかし、松の内がいつまでなのかは、地域により
違いがあるのです。

というのも、関西地区では松の内は1月15日
一般的な日にちより、1週間長いんですね。

大阪では、鏡開きを松の内が終わる日、
1月15日に行うことが多い、とされています。

特に関西地区では、1月20日という場合も
あります。

そもそも江戸時代には、松の内と言えば、
1月15日だったんです。

そして、鏡開きが1月20日
あれ?!関西地域と同じ日にち

現代では、地域によって松の内や鏡開きに
違いがあるのには、こんな理由があるのですよ。

鏡開きは江戸時代に広まった!

鏡開きの風習が、全国的に広まるきっかけに
なったのが、参勤交代なんです。

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東北地方の仙台藩から、九州地方の薩摩藩まで
様々な地域の諸大名が、江戸の風習を故郷
持ち帰ったのですね。

3代目将軍、徳川家光が生きていた頃までは、
松の内は15日、鏡開きが20日でした。

しかし、家光が亡くなった4月20日を理由に
江戸では、20日が家光の月命日となりました。

今まで20日だった鏡開きは、月命日を避け、
松の内を早めて7日に、鏡開きを11日
変更した、とのことなんですよ。

このお触れは、参勤交代によって地方に
広がっていきました。

東北地域や九州地域まで広く、鏡開きの
日にちの変更が知られることになりました。

しかし、なぜか関西地域にはこのお達しが
広まることはありませんでした。

一説によると、関西地区は大阪を中心に栄えた
上方文化(元禄文化)の影響力が大きく、
江戸の文化が届きにくかった、とのことですよ。

まとめ

鏡開きは全国共通ではなく、特に関西地域では
一般的な日にちよりも遅いのにも、理由が
あるんですね。

それが参勤交代だった、というのも、調べてみて
初めて知りました。

今まで生まれ育った地域の風習が、全国的に
当たり前のこと、という訳ではないのですよね。

古くからある風習には、歴史的な意味があって、
成り立ちを知ることも、文化を理解するためには
大切なことですよね。

私の友人曰く、まだまだ大阪の知らないことが
たくさんあって刺激的よ、とのこと。

今度帰った来たら、もっと大阪に馴染んでいる
ことでしょう♪

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